『英子の森』 松田 青子  著(河出文庫)

更新日:

童話のようなかわいらしい表紙とタイトルに騙されるなかれ。

これは超一級のホラー小説です。
「外国語学習者」にとってはですが…。

主人公の英子は、英語関係の専門学校を出て短期留学も経験した20代後半の女性。国際会議のクロークなど「英語が使える仕事」を求めて派遣やバイトを転々としています。
英語を使うことそのものに対して強いこだわりがある一方で、決してクロークや受付の仕事に満足しているわけではない英子。

現状への焦りとそれでも英語を使いたい執着心の間で、こう呟きます。

「英語を使っているのではなくて、英語を使わせてもらっているような気がしていた。英語を使うことのできる仕事を、見えない誰かに用意してもらっているような気がするのだ。使わなくてもいいものを使いたい使いたいと思う、その気持ちを見えない誰かに見透かされていて、ねえ、そんなに使いたいんだったら、50円差でもいいですよね。だって使いたいんでしょうあなた、それを。英語を。そう思われている、そう蔑まれているような気がした。」(20頁)

恐ろしい…。
もう本を閉じたくなる。

外国語を学習した人、特に外国語学部を出た人の中には、英子のように外国語を使う仕事をしたいと考える人も多いはずです。
そう思ってネットや本で少し調べると「外国語が話せるだけじゃ意味はない」だの「語学はあくまで道具なので、理系の専門知識を持った人が語学を学んだ方が有利」だなんて情報が出てくるからたまりません。
(それを大学入試の前に、いや、高校1年の文理選択の時点で言ってくれと思ったのは大学時代の私。)

もちろん、それでも仕事で英語を使う手段は数多くあります。
通訳・翻訳でなくても外国と取引のある会社に勤めれば英語を使うチャンスはあるし、独学で学んで技術系の翻訳をすることも実際は可能でしょう。

しかし主人公の英子にそこまでのエネルギーはなく、ウンザリしつつも受付やクロークの仕事にエントリーし続けます。

英語が自分を違う世界に連れていく魔法だと英子は言いますが、名ばかりの「英語を使える仕事」にこだわり続けるその姿は魔法どころか呪いにかかっているかのようです。

希望と現実のギャップを感じつつも沼にはまったように行動力のない英子には、正直読んでいてイライラしてしまうほど。

小説のラストは決して華々しいものではありません。
しかし、英子が踏み出したその一歩がどれだけ大きいか。読んだ人には分かるはず。
少なくとも小説のラストにおいて英語はもはや呪いではありませんでした。

英子にかけられた「英語が使える仕事」の呪いは現実の私たちにとっても笑いごとではありません。
○○語が使えるなんて格好いいと無責任に褒めたたえる周りの人々、そして「新しい扉が開く!」と聞こえの良い言葉を並べたてる通信教育の広告は、時に呪いをかける魔女となる。
ぼんやりと「○○語が使える仕事なら何でも良い」と考えていると、英子のように呪いにかかってしまうかもしれない。

外国語を使う仕事がしたい!と思った人にはとりあえずこの本を読んでほしいと感じます。
特に「外国語学部に行けば外国語を使った仕事ができる」と思っている高校生・大学生は必読。(後からポジティブな情報もしっかり与える必要があると思うけど…)

文芸翻訳家・エッセイストである鴻巣友季子さんが解説というのも恐ろしい人選です。
プロの翻訳者に「『グローバル教育』という善人の顔をした魔物の真の恐ろしさがわかりますよ!」と言わせるあたり、やはりこの本は超ド級のホラー小説でしょう。

Amazon|『英子の森』 松田 青子  著(河出文庫)


-

Copyright© 言葉の森をてくてくと  , 2020 All Rights Reserved Powered by STINGER.

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。